飲食店における自然災害BCP(事業継続計画)の策定方法

はじめに

オーナーの皆様、こんにちは。日々の厨房に立ち、お客様の笑顔のために汗を流されている皆様へ、今回は少しだけ視点を変え、未来の「もしも」に備える重要なお話をお届けしたいと思います。

近年、日本は地震、台風、豪雨といった自然災害の脅威に常に晒されています。ニュースで災害の報に触れるたび、「うちの店は大丈夫だろうか」「もしもの時、お客様やスタッフ、そして店はどうなるのだろう」と、漠然とした不安を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

料理人として、あるいは現場のスペシャリストとして、お客様に最高の料理と空間を提供することに情熱を注いでこられた皆様にとって、「経営」という視点での「備え」は、もしかしたら後回しになってしまいがちな領域かもしれません。しかし、一度築き上げたお店と、そこで育んできたお客様との繋がり、スタッフとの絆を守るためには、災害発生時に事業をいかに継続させるか、そのための計画(BCP:事業継続計画)を策定しておくことが不可欠です。

本ガイドでは、多忙な日々を送る若手オーナーの皆様でも取り組みやすいよう、飲食店の現場に即した自然災害BCPの策定方法について、実践的なステップを交えながら分かりやすく解説してまいります。私もかつては現場で汗を流した一人として、皆様の不安に寄り添い、具体的な道筋を示すことができれば幸いです。

飲食店オーナーが陥りがちな「BCPへの誤解」と「現場目線の必要性」

多くの飲食店オーナー様が「BCP」という言葉を聞くと、「大企業がやる堅苦しいもの」「うちのような小さな店には関係ない」「専門家でないと作れない」といったイメージを抱かれがちです。しかし、それは大きな誤解です。むしろ、規模の大小に関わらず、地域に根差した飲食店だからこそ、BCPが持つ意味は計り知れません。

皆様は料理人や現場出身で、お客様に「この店でしか味わえない価値」を提供することに心血を注いでおられます。お店の空間、料理の味、スタッフのホスピタリティ、これら全てがオーナー様の「想い」の結晶です。しかし、自然災害は容赦なく、その「想い」を形作る全てを脅かす可能性があります。

  • 突然の停電で仕込んだ食材がダメになる。
  • 断水で営業ができなくなる。
  • 交通網の寸断でスタッフが出勤できない、食材が届かない。
  • 店舗が損壊し、営業再開の目処が立たない。

これらの事態は、単なる経済的損失に留まらず、オーナー様が培ってきた信頼や、スタッフの生活基盤、そして地域社会との繋がりまでもを揺るがしかねません。

BCPは、そうした「万が一」の際に、オーナー様の「想い」が詰まったお店を、そしてそこで働くスタッフとお客様との関係を、可能な限り守り抜くための「羅針盤」です。机上の空論ではなく、現場を知り尽くしたオーナー様だからこそ、「もしも、この状況になったらどうするか?」と具体的に想像し、実践的な計画を立てることができるのです。

BCP(事業継続計画)とは?飲食店の視点から理解する

BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、企業が自然災害やシステム障害、感染症のパンデミックなどの危機に直面した場合でも、重要な事業を中断させない、あるいは中断しても早期に復旧させるための計画のことです。

飲食店におけるBCPの目的は、簡潔に言えば以下の2点に集約されます。

  1. お客様とスタッフの安全を最優先に確保すること。
  2. お店の営業を可能な限り継続し、早期に再開すること。

「店が潰れることだけは避けたい」「スタッフの生活を守りたい」「常連のお客様にもう一度来てもらえるようにしたい」――こうした皆様の切実な願いを形にするのがBCPです。

自然災害時、飲食店が直面する具体的なリスクは多岐にわたります。

  • 店舗・設備の損壊: 地震による建物損傷、台風による窓ガラス破損、洪水による浸水など。
  • インフラの停止: 停電(冷蔵庫の故障、調理機器使用不可)、断水(衛生管理不可、調理不可)、ガス供給停止など。
  • サプライチェーンの寸断: 食材・酒類の仕入れ困難、物流停止による配送遅延。
  • スタッフの出勤困難: 交通機関の停止、自宅の被災、家族の安否確認など。
  • 顧客の減少: 交通機関の停止、外出自粛、被災地での購買力低下など。
  • 情報通信の途絶: 通信インフラの停止、SNSでの情報発信困難。
  • 資金繰りの悪化: 営業停止による売上減少、復旧費用発生。

これらのリスクを事前に想定し、対策を講じることで、災害発生時の混乱を最小限に抑え、迅速な対応と復旧が可能となります。

飲食店の自然災害BCP策定の5つのステップ(実践ガイド)

ここからは、具体的なBCP策定のステップをご紹介します。現場上がりの皆様が「これならできる」と感じられるよう、実践的な内容に特化して解説します。

ステップ1:リスクの特定と影響度評価

まずは、皆様のお店がどのような災害リスクに晒されているのか、そしてそれがお店にどのような影響を与えるのかを具体的に洗い出すことから始めます。

  • ハザードマップでリスクを確認する
    • お店の所在地が、洪水、土砂災害、津波、液状化などのハザードマップ上でどのようなリスク地域に該当するかを確認します。
    • 自治体や国土交通省のハザードマップポータルサイトなどを活用しましょう。
  • 想定される災害の種類を特定する
    • お住まいの地域で特に警戒すべき災害(例:地震、台風、豪雨、積雪など)をリストアップします。
  • 店舗への具体的な影響を洗い出す
    • それぞれの災害が発生した場合、お店の建物、設備、食材、スタッフ、お客様にどのような影響が出るかを具体的に想像し、箇条書きで書き出してみましょう。
      • 例:大地震の場合
        • 建物損壊(壁にひび、天井落下)
        • 調理機器、食器棚の転倒
        • ガス・電気・水道の停止
        • 冷蔵・冷凍庫の機能停止による食材廃棄
        • スタッフの安全確保、出勤不可
        • お客様の避難誘導、安否確認
        • 交通網の寸断による食材供給停止
        • 電話・インターネット不通による予約・情報発信停止
      • 例:台風・豪雨の場合
        • 浸水による店舗損壊、設備故障
        • 停電による食材廃棄、営業停止
        • 強風による窓ガラス破損
        • 交通機関停止によるスタッフ出勤困難、お客様の来店減少
        • 周辺地域の冠水によるアクセス不能
  • 重要業務の特定と復旧目標の検討
    • お店の営業において「これだけは絶対に止められない」という業務は何でしょうか?(例:お客様の安全確保、衛生管理、食材の品質保持など)
    • そして、それらの業務を災害発生から「いつまでに」「どこまで」復旧させたいかを具体的に考えます。
      • 例:お客様とスタッフの安全確保は最優先(即時対応)
      • 店舗の安全確認と初期清掃(災害発生後1日以内)
      • テイクアウトやデリバリーでの部分的な営業再開(災害発生後3日以内)
      • 本格的な営業再開(災害発生後1週間以内、または被害状況に応じて)

ステップ2:具体的な対策の立案

リスクと目標が明確になったら、それを達成するための具体的な対策を立案します。対策は「事前対策」「緊急時対応」「復旧・復興対策」の3つのフェーズで考えましょう。

1. 事前対策(Preventive Measures)

災害発生前から取り組んでおくべき対策です。

  • 店舗・設備の物理的対策
    • 耐震・耐風・浸水対策:
      • 棚や冷蔵庫、厨房機器の転倒防止対策(固定金具の設置)
      • 窓ガラスの飛散防止フィルム貼り付け
      • 止水板や土嚢の準備(浸水リスクのある店舗)
      • 屋根や外壁の定期的な点検・補修
    • 非常用設備の準備:
      • 非常用電源(ポータブルバッテリー、発電機)の検討と燃料の備蓄
      • 非常用水(飲料水、生活用水)の備蓄
      • 非常用照明(懐中電灯、ランタン、ヘッドライト)と予備電池
      • 簡易トイレ、衛生用品(アルコール消毒液、使い捨て手袋など)
      • 非常用食料(スタッフ用、必要に応じてお客様用)
  • サプライチェーン対策
    • 代替仕入れ先の確保: メインの業者以外に、緊急時に利用できる食材や酒類の仕入れ先を複数検討し、連絡先を控えておく。
    • 備蓄品の確保: 非常時に最低限必要な食材(レトルト食品、乾物など)や飲料の備蓄を検討。
  • 情報・通信対策
    • 緊急連絡網の整備: スタッフ、取引先、大家、保険会社、自治体などの緊急連絡先リストを作成し、全員に共有。
    • 安否確認システムの導入: スマートフォンアプリやWebサービスを活用し、災害時のスタッフの安否確認・情報共有方法を確立。
    • SNSでの情報発信計画: 災害時の営業状況や安否に関する情報発信手順を決めておく(例:使用するSNS、発信する内容、担当者など)。
    • 重要な書類の電子化・バックアップ: 契約書、保険証券、顧客情報、レシピなどの重要書類を電子化し、クラウドサービスなどにバックアップ。
  • スタッフ教育と訓練
    • BCPマニュアルの作成: 災害時の対応手順、役割分担、避難経路などをまとめたマニュアルを作成し、全スタッフに周知。
    • 避難訓練の実施: 定期的に火災や地震を想定した避難訓練を行い、動線を確保。
    • 救急救命講習の受講: スタッフの中からAEDや心肺蘇生法を習得する者を育成。
  • 保険の見直し
    • 適切な保険加入: 火災保険、地震保険、事業中断保険などの内容を確認し、お店の規模やリスクに見合った補償内容になっているか、保険代理店と相談して見直す。

2. 緊急時対応(Emergency Response)

災害発生時に実際に取るべき行動です。

  • お客様とスタッフの安全確保:
    • 揺れや被害状況に応じて、お客様とスタッフを安全な場所に誘導し、避難経路を確保する。
    • 店内の危険箇所(転倒物、割れたガラスなど)を周知し、二次被害を防ぐ。
    • 負傷者がいる場合は、応急処置を行う。
  • 情報収集と共有:
    • テレビ、ラジオ、インターネット、スマートフォンなどを通じて、正確な災害情報を収集する。
    • スタッフの安否確認を行う(事前に定めた連絡手段を用いる)。
    • お客様や取引先、家族への情報共有手段を確保する。
  • 被害状況の確認と記録:
    • 店舗内外の被害状況を写真や動画で詳細に記録する(保険申請時に重要)。
    • ガス、電気、水道などのインフラの停止状況を確認し、必要に応じて元栓を閉めるなどの対応。
  • 応急処置:
    • 初期消火が可能であれば行う。
    • 浸水が始まった場合は、止水板の設置や土嚢の活用。
    • 食材の安全確保(停電時は保冷対策、廃棄の判断)。

3. 復旧・復興対策(Recovery Measures)

災害発生後の営業再開に向けた対策です。

  • 事業再開の優先順位付け:
    • 被害状況に応じて、何を最優先に復旧させるかを判断する(例:安全確認、清掃、設備修理、食材調達、スタッフ確保、メニュー再構築など)。
    • テイクアウトやデリバリーなど、限定的な営業形態での早期再開を検討する。
  • 食材・物資の調達:
    • 事前に検討した代替仕入れ先へ連絡を取り、食材や必要な物資の調達ルートを確保する。
    • メニューを簡素化するなど、調達可能な食材に合わせた柔軟な対応を検討する。
  • スタッフの確保とケア:
    • スタッフの出勤状況を確認し、業務分担を再調整する。
    • 精神的なケアや生活支援(罹災証明取得支援など)についても配慮する。
  • 顧客への情報発信:
    • お店の営業状況、再開の目処、提供できるサービスなどをSNS、ウェブサイト、店頭掲示などで積極的に情報発信する。
    • お客様からの問い合わせにも丁寧に対応する。
  • 行政・金融機関との連携:
    • 自治体や商工会議所などが提供する復旧支援制度(補助金、融資など)の情報を収集し、活用を検討する。
    • 取引銀行へ相談し、一時的な資金繰りについて支援を要請する。
  • 保険会社への連絡:
    • 被害状況を速やかに保険会社に連絡し、保険金請求の手続きを進める。

ステップ3:訓練と見直し

BCPは「作って終わり」ではありません。実践的な計画であるためには、定期的な訓練と見直しが不可欠です。

  • 定期的な訓練の実施:
    • 年に1回は、災害を想定した訓練(安否確認訓練、避難誘導訓練、初動対応シミュレーションなど)を実施します。
    • 訓練を通じて、マニュアルの不備や改善点を発見し、具体的な対応能力を高めます。
  • BCPの定期的な見直し:
    • 店舗の改装、スタッフの異動、取引先の変更、地域のハザード情報更新などがあった際には、必ずBCPを見直します。
    • 訓練で発見された課題や、実際に発生した災害の教訓を反映させ、常に最新の状態に保ちます。

BCP策定を成功させるための「先輩オーナーからのアドバイス」

ここまで、BCP策定の具体的なステップを解説してきました。ここからは、私自身も経験してきた現場での視点から、若手オーナーの皆様に伝えたい、BCP策定を成功させるためのポイントをお話しします。

1. 完璧を目指さず、まずは「小さく」始める

「いきなり完璧なBCPを作らなければ」と気負う必要はありません。膨大な項目を一度に網羅しようとすると、途中で挫折してしまう可能性が高いです。

まずは、「最悪のシナリオ(例:お店が全壊し、インフラも完全に停止した)から、何としてでもお客様とスタッフの安全を守り、最低限の事業を再開する」という一点に絞って、できることから始めてみてください。安否確認の方法、数日分の備蓄、簡単な避難経路の確認など、小さな一歩からで良いのです。そこから少しずつ肉付けしていくことで、着実に計画は充実していきます。

2. スタッフとの共有と巻き込みが重要

BCPはオーナー様一人で実行できるものではありません。スタッフ全員がその内容を理解し、いざという時にそれぞれの役割を果たすことができてこそ、真価を発揮します。

マニュアルを作成したら、必ず全員に説明し、意見を聞いてみてください。現場を知るスタッフだからこそ気付く改善点があるはずです。また、訓練を通じて「自分ごと」として捉えてもらうことで、当事者意識が高まり、チームとしての対応力が向上します。彼らの安心感にも繋がり、お店へのエンゲージメントも深まるでしょう。

3. 地域との連携を意識する

お店は地域社会の一部です。災害時には、地域全体が被災することも想定されます。

  • 近隣の店舗や商店街の組合と連携し、非常時の情報共有や相互支援の可能性を探る。
  • 自治体の防災訓練に参加したり、地域の避難所運営に関する情報を把握したりする。
  • 地域のお祭りやイベントを通じて、日頃から地域住民との良好な関係を築いておく。

こうした日頃からの地域との繋がりが、いざという時の大きな助けとなることがあります。

4. 資金繰り、保険の重要性を再認識する

災害復旧には多大な費用と時間が必要です。営業停止中の運転資金、店舗の修繕費、設備の買い替え費用など、様々な出費が想定されます。

  • 緊急時の資金確保: 万が一に備え、ある程度の運転資金を確保しておくことが理想です。
  • 保険の見直し: 加入している火災保険や地震保険、事業中断保険の内容を改めて確認し、十分な補償が得られるか、保険代理店と密に相談してください。いざという時に「こんなはずではなかった」とならないよう、事前の確認が非常に重要です。

まとめ

本ガイドでは、飲食店の皆様が自然災害BCPを策定するための実践的なステップをご紹介しました。

BCPの策定は、日々の忙しい業務の中で、どうしても後回しになりがちなテーマかもしれません。しかし、それはオーナー様が大切にしている「料理への想い」「お客様への想い」「スタッフへの想い」を、未来永劫守り続けるための、最も確実な投資であると私は考えます。

災害はいつ、どのような形で起こるか予測できません。しかし、事前の備えがあれば、その被害を最小限に抑え、困難な状況からでもお店を、そして皆様の「想い」を再建する道を切り開くことができます。

どうか、この記事が皆様のお店と大切な人々を守るための一助となれば幸いです。

詳細はお問い合わせください

本記事でご紹介したBCP策定について、より具体的なご相談や個別のアドバイスをご希望される方は、お気軽にお問い合わせください。貴店に最適なBCP策定を、現場目線で伴走させていただきます。

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