目次
はじめに
オーナーの皆様、日々の店舗運営、本当にお疲れ様でございます。
「美味しい料理を提供したい」「お客様に最高の空間で過ごしていただきたい」──その純粋な想いから、寝る間も惜しんでお店作りに情熱を注いでいらっしゃる方がほとんどではないでしょうか。
しかし、その想いとは裏腹に、「売上はあるのに利益が出ない」「漠然とした不安がある」と感じることはございませんか?もしかしたら、その原因の一つに「従業員による不正・横領」が隠れている可能性もございます。
「まさかうちのスタッフが…」そう思われるのも無理はありません。私もかつて現場で長く働いてきた身ですので、スタッフを家族のように大切にしたい、というオーナー様の気持ちは痛いほどよく分かります。しかし、残念ながら、どんなに信頼している従業員であっても、環境や状況によっては魔が差してしまうケースが少なからず存在するのが現実です。
本稿では、皆様がこれまで培ってきたお店への想いや、スタッフへの信頼を損なうことなく、不正・横領を未然に防ぐための「仕組みづくり」について、具体的な実践ガイドとして解説してまいります。単なる監視ではなく、従業員が安心して働ける環境を整え、結果としてオーナー様の心の負担を軽減し、お店の健全な成長を支えるための具体的な方策をお伝えできれば幸いです。
なぜ飲食店で不正・横領が起こるのか?その背景とリスク
飲食店の現場は、スピードが求められ、多忙を極める環境です。料理やサービスに集中するあまり、数字の管理や細かい業務プロセスが後回しになりがち、というオーナー様も少なくないでしょう。特に、料理人出身や現場出身のオーナー様の場合、「経営は独学・手探り」という背景から、数字管理やスタッフ育成に漠然とした不安を抱えているケースも散見されます。
このような状況は、残念ながら不正・横領が起こりやすい温床となり得ます。具体的には、以下のような背景が挙げられます。
- 現金取引の多さ: クレジットカード決済やキャッシュレス決済が普及しているとはいえ、小規模な飲食店では現金取引が依然として多く、現金の扱いが属人化しやすい傾向にあります。
- 多忙な現場でのチェックの甘さ: 忙しいピークタイムには、レジ締めや在庫確認などの管理業務が疎かになりやすく、ミスと不正の区別がつきにくくなることがあります。
- 人の入れ替わり: 飲食業界は人の出入りが比較的激しく、教育や引き継ぎが不十分なまま、管理業務を任せてしまうケースも少なくありません。
- 経営者の目の届きにくさ: オーナー様が複数店舗を経営している場合や、現場作業に追われている場合、全ての業務に目が届かず、管理が甘くなる部分が生じやすくなります。
- 「これくらいなら大丈夫だろう」という慢心: 従業員が一度小さな不正に成功してしまうと、罪悪感が薄れ、次第にエスカレートする傾向が見られます。
これらの背景から生じる不正・横領は、売上金の着服だけでなく、以下のような様々な形で発生する可能性があります。
- 売上金の着服: レジからの抜き取り、オーダーを通さず現金を受け取る、売上データを改ざんする。
- 食材や備品の横領: 店舗の食材を自宅に持ち帰る、備品を個人的に使用する、転売する。
- 仕入れに関する不正: 業者と結託して過剰な発注を行い、差額を詐取する、架空の仕入れを計上する。
- 経費の不正請求: 私的な飲食代を経費として計上する、交通費や交際費を水増し請求する。
- タイムカードの改ざん: 勤務時間を実際よりも長く記録し、給与を不正に受け取る。
これらの不正行為は、たとえ少額であっても積み重なれば経営を圧迫し、最終的には店舗の存続を脅かす事態に発展しかねません。また、一度不正が明るみに出れば、従業員間の不信感を生み、組織全体の士気を低下させる深刻な問題へと繋がります。
不正・横領を防ぐための「仕組みづくり」3つの柱
不正・横領を未然に防ぐためには、特定の従業員を疑うような心理的な負担をオーナー様が抱えるのではなく、「不正が起こりにくい環境」を組織全体で構築することが不可欠です。それは、単なる監視ではなく、透明性と信頼を基盤とした強固な経営体制を築くことに他なりません。
具体的な仕組みづくりは、大きく分けて以下の3つの柱で構成されます。
I. 物理的・システム的な管理体制の強化
目に見える形での管理強化は、不正への物理的な抑止力となります。また、システムを活用することで、人為的なミスや不正の介在する余地を最小限に抑えることが可能です。
II. 人的側面からのアプローチ:従業員との信頼関係と倫理観の醸成
ルールやシステムだけではカバーしきれないのが人間の心理です。従業員が「不正はしない」という倫理観を育み、同時に「不正はできない」という意識を持たせるためのアプローチが重要です。これは、単に疑うのではなく、従業員が安心して働ける環境を整えることにも繋がります。
III. 定期的なチェックと改善サイクル
一度仕組みを作ったら終わりではありません。状況の変化に合わせて常にチェックを行い、より効果的な仕組みへと改善していく継続的な努力が求められます。これにより、常に強固な防御体制を維持することができます。
これらの3つの柱に基づいた具体的な実践方法を、次章で詳しく解説してまいります。

実践!具体的な対策リスト
それでは、前章で提示した3つの柱に基づき、具体的な対策を箇条書きで整理してまいります。これらの実践方法は、多忙なオーナー様でも無理なく導入できるよう、できるだけシンプルかつ効果的な内容を厳選いたしました。
I. 物理的・システム的な管理体制の強化
1. レジ締め・売上管理の徹底
- 複数人でのレジ締め: 原則として、複数の従業員(または責任者)でレジ締め作業を行い、相互に確認する体制を構築します。
- レジジャーナルの確認: POSシステムやレジから出力されるジャーナル(取引履歴)を毎日確認し、売上データと実際の現金残高が一致しているか照合します。
- 日計表の活用: 日々の売上や現金の動きを記録する日計表を導入し、担当者、責任者のサインを義務付けます。
- 売上金の早期回収・入金: 売上金はできるだけ早く金庫に保管し、定期的に銀行に入金するサイクルを確立します。店内での現金保管時間を短縮し、リスクを低減します。
- POSシステム・オーダーシステムの導入: POSシステムは売上データを正確に記録し、オーダーミスや会計漏れを防ぎます。ハンディーターミナルと連動させることで、オーダーから会計までの一連の流れをシステム上で管理し、手作業による不正の介在を排除します。
2. 在庫管理・棚卸しの仕組み化
- 定期的な棚卸し: 月に一度は全ての食材、飲料、備品の棚卸しを実施し、帳簿上の在庫と実際の在庫数を照合します。責任者だけでなく、異なる担当者が確認する体制が望ましいです。
- 在庫管理システムの導入: 在庫の入出庫をシステムで管理することで、手作業によるミスや不正を減らし、リアルタイムで在庫状況を把握できます。
- 仕入れと使用量のデータ連携: POSシステムと在庫管理システムを連携させ、売上データと連動して食材の使用量を自動計算し、理論在庫との差異を分析します。
- 高額食材の厳重管理: 酒類や肉類、魚介類など、高額な食材は専用の鍵付き保管庫に収納し、責任者が管理します。
- 廃棄ロスの記録: 廃棄が発生した際は、必ず日時、品目、数量、理由を記録し、責任者が確認・承認するフローを設けます。
3. 仕入れ・経費管理の透明化
- 発注書の徹底: 全ての仕入れにおいて、発注書を作成し、責任者の承認を必須とします。口頭発注やメモ書きでの発注は禁止します。
- 納品書の確認: 納品時には、必ず発注書と納品書を照合し、品目、数量、価格が一致しているかを確認します。異なる従業員が確認することで、不正のリスクを低減します。
- 請求書の二重チェック: 請求書が届いた際には、納品書や発注書と照合し、責任者が承認を行います。
- 経費精算ルールの明確化: 経費精算に関する明確なルールを策定し、領収書の提出、申請書の記入、責任者の承認を義務付けます。私的利用との混同を防ぎます。
- 口座引き落とし・キャッシュレス決済の推進: 仕入れや経費の支払いは、可能な限り口座引き落としやクレジットカード、法人カードを利用し、現金での支払いを減らします。履歴が残るため、不正が発覚しやすくなります。
4. 監視カメラの設置と運用
- 死角のない設置: レジ周り、金庫周辺、バックヤードの出入り口、倉庫など、不正が起こりやすい箇所に死角がないように監視カメラを設置します。
- 定期的な録画チェック: 監視カメラの映像は定期的にチェックし、不審な行動がないか確認します。特にレジ締め時や閉店後の動きに注目します。
- 従業員への周知: 監視カメラを設置していることを従業員に明確に周知し、不正への抑止力とします。
- 個人情報保護への配慮: 監視カメラの設置目的を明確にし、不必要にプライバシーを侵害しないよう配慮します。
II. 人的側面からのアプローチ:従業員との信頼関係と倫理観の醸成
1. 採用時のチェック体制
- 複数回の面接: 複数の面接官で面接を行い、多角的に人物像を見極めます。
- 職務経歴の確認: 前職での業務内容や離職理由を詳しくヒアリングし、不審な点がないか確認します。必要に応じて、リファレンスチェック(前職への問い合わせ)も検討します。
- 身元保証人の確認: 万が一の事態に備え、身元保証人を立ててもらうことも有効な手段です。
2. 明確なルール・就業規則の策定と周知
- 就業規則の作成と共有: 従業員の業務内容、勤務時間、給与、そして不正行為に対する罰則などを明記した就業規則を明確に作成し、全ての従業員に共有し理解を求めます。
- 金銭・物品管理に関するルールの明文化: レジ、金庫、在庫、備品の管理方法、経費精算の方法、廃棄ロスの処理方法など、金銭や物品に関わる具体的なルールを明文化し、徹底します。
- 定期的なルールの見直しと周知徹底: 時代や状況の変化に合わせてルールを見直し、常に最新の情報を従業員全体に周知徹底します。
3. 定期的な教育・研修
- 入社時のオリエンテーション: 新入社員には、会社の理念、業務内容だけでなく、金銭管理の重要性、不正行為のリスクと会社としての対応方針を明確に伝えます。
- 定期的な研修会の実施: 全従業員を対象に、金銭管理、情報セキュリティ、倫理観に関する定期的な研修会を実施します。不正事例を共有し、リスク意識を高めます。
- 「性善説+性悪説」のバランス: 「信頼しているからこそ、仕組みで守る」というメッセージを伝え、従業員の責任感を損なうことなく、不正への抑止力を高めます。
4. 相談窓口の設置と匿名性の確保
- 内部通報制度の導入: 従業員が不正行為を目撃した場合や、不正の疑いがあると感じた際に、安心して通報できる内部通報窓口を設置します。
- 匿名性の確保: 通報者のプライバシーと匿名性を確実に保護する仕組みを構築し、報復措置への不安を払拭します。
- 対応体制の明確化: 通報があった際の調査、事実確認、対応までのプロセスを明確にし、迅速かつ公正に対処できる体制を整えます。
5. 従業員満足度の向上とエンゲージメント
- 適正な報酬と評価: 従業員が自身の働きに見合った適正な報酬と評価を得られる制度を確立し、金銭的な不満を軽減します。
- 働きがいのある職場環境: オーナー様が「店を通じて想いを伝えたい」という価値観を持っているように、従業員もまた、自身の仕事に誇りを持てるような職場環境を整備します。
- コミュニケーションの促進: オーナー様や上司と従業員が気軽に意見交換できる場を設け、日頃の不満や悩みを共有できる機会を増やします。孤立感を防ぎ、早期に問題の芽を摘みます。
- 企業理念の浸透: お店のビジョンやミッションを従業員全員で共有し、一体感を醸成します。共通の目標に向かって働くことで、モラルハザードの発生を防ぎます。
III. 定期的なチェックと改善サイクル
1. 抜き打ちチェックの実施
- 棚卸し、レジ現金の抜き打ち検査: 定期棚卸しとは別に、不定期で抜き打ちの棚卸しやレジ現金の確認を実施します。不正行為への牽制となり、緊張感を維持します。
- 監視カメラ映像の不定期確認: 特定の日に限らず、ランダムに過去の監視カメラ映像をチェックし、不審な動きがないか確認します。
- 店舗巡回と業務観察: オーナー様自身や店長が、日頃から店舗内を巡回し、従業員の業務状況を観察します。日々の変化に気づくことが、不正の早期発見に繋がります。
2. 外部専門家による監査
- 税理士・会計士による定期的な監査: 顧問税理士や会計士に、経理書類や決算内容のチェックだけでなく、不正が発生しやすいポイントに着目した監査を依頼します。
- 店舗診断サービス等の活用: 専門家による店舗診断サービスなどを活用し、第三者の視点から管理体制の脆弱性を指摘してもらうことも有効です。
3. 管理体制の定期的な見直し
- 年次レビューの実施: 少なくとも年に一度は、現状の管理体制が適切であるか、改善すべき点はないかを全社的にレビューします。
- ヒヤリハット事例の共有: 不正には至らなかったものの、「ヒヤリ」とした事例や、「ハッと」させられた事例を共有し、再発防止策を検討します。
- 環境変化への対応: 法改正、新しい決済システムの導入、店舗数の増加など、経営環境の変化に合わせて管理体制も柔軟に見直します。
4. データ分析による異常検知
- 売上データ、原価率の継続的分析: POSデータや仕入れデータから、日々の売上、原価率、廃棄率などを継続的に分析します。特定の時間帯や担当者で異常値が出ていないか、推移を注視します。
- 在庫回転率の分析: 食材の在庫回転率を分析し、過剰在庫や不自然な在庫減がないか確認します。
- シフトと売上の連動分析: 特定の従業員のシフト時に売上や原価率に大きな変動がないかなど、シフトデータと売上データを連動させて分析します。
不正を未然に防ぐ「組織風土」の醸成
ここまで、具体的な仕組みづくりについて解説してまいりましたが、最終的に不正を未然に防ぐ上で最も重要なのは、「不正は許さない」という毅然とした態度と、「従業員一人ひとりがお店の成功を願う」組織風土の醸成です。
オーナー様は、「料理や空間にこだわりたい」「店を通じて想いを伝えたい」という強い情熱をお持ちであることでしょう。その想いは、ぜひ従業員とも共有してください。従業員が「この店は自分たちのものだ」という当事者意識を持てば、不正を働くことへの罪悪感は増し、同時に不正を発見した際にそれを報告する勇気も生まれます。
- ビジョンとミッションの共有: お店の目指す方向性、お客様に提供したい価値を明確にし、従業員全員で共有します。
- オープンなコミュニケーション: オーナー様自身が率先して従業員とコミュニケーションを取り、信頼関係を築きます。意見や提案を歓迎し、従業員の声を傾聴する姿勢が重要です。
- 公正な評価と承認: 従業員の努力や貢献を正当に評価し、感謝の言葉を伝えます。公正な人事評価制度は、不満を軽減し、エンゲージメントを高めます。
- オーナーとしてのリーダーシップ: 不正に対しては毅然とした態度で臨むことを明確にしつつ、日頃から従業員を信じ、共に成長していく姿勢を示すことが、最も効果的な抑止力となるでしょう。
このような組織風土は、一朝一夕には築けません。しかし、オーナー様ご自身の揺るぎない信念と、日々の地道な努力が、不正の起こりにくい、そして従業員全員が誇りを持って働けるお店を作り上げていくことでしょう。
まとめ:あなたの店と従業員を守るために
本稿では、飲食店の従業員による不正・横領を未然に防ぐための「仕組みづくり」について、その背景から具体的な実践方法、そして組織風土の醸成まで、多角的に解説してまいりました。
売上金の管理、在庫のチェック、経費の承認といった一つ一つの業務は、確かに日々の多忙な業務の中で負担に感じられるかもしれません。しかし、これらは単なる手間ではなく、あなたの店舗の売上と利益を守り、ひいては従業員一人ひとりを不正の誘惑から守るための大切な投資であるとご理解いただければ幸いです。
経営者として、従業員を信頼し、最高のサービスを提供することに集中できる環境を整えることは、店舗運営において極めて重要です。このガイドが、オーナー様の皆様にとって、より健全で、より強固な店舗経営を実現するための一助となれば、筆者としてこれほど喜ばしいことはございません。
ご自身の店舗の状況に合わせて、できることから一つずつ、ぜひ実践してみてください。もし、具体的な導入や運用に関してご不明な点がございましたら、いつでも専門家にご相談ください。
詳細はお問い合わせください。

