目次
はじめに
飲食店を経営される皆様、日々のご奮闘に心より敬意を表します。1店舗から3店舗を経営され、料理や現場の最前線で培われた経験をお持ちの皆様であれば、きっと「お客様に最高の料理と空間を提供したい」という強い想いを抱いていらっしゃるのではないでしょうか。
しかしながら、その熱い想いを形にする一方で、「売上は上がっているはずなのに、なぜか手元に利益が残らない」「日々の業務に追われ、数字の管理は後回しになりがちだ」といったお悩みを抱えていらっしゃる方も少なくないのではないでしょうか。私も現場から経営の世界へと足を踏み入れた一人として、そのお気持ちは痛いほど理解できます。
特に「原価管理」という言葉は、ともすれば難しく、退屈なものに聞こえるかもしれません。しかし、お客様へのこだわりを貫きながら、安定した経営基盤を築く上で、この原価管理こそが極めて重要な鍵を握っています。
本ガイドでは、皆様が直面しがちな「利益が出ない」という課題に対し、原価管理の「見える化」から「最適化」に至るまでの実践的なステップを、分かりやすく丁寧に解説してまいります。机上の空論ではなく、現場で培われた経験を持つ皆様だからこそご理解いただける、具体的な施策に焦点を当てておりますので、ぜひ最後までお付き合いください。この一冊が、皆様の持続的な店舗経営の一助となれば幸いです。
なぜ今、原価管理が重要なのか?
現代の飲食業界を取り巻く環境は、かつてないほどに変化し、厳しさを増しています。食材費の高騰、人件費の上昇、光熱費の増加など、固定費・変動費を問わず、あらゆるコストが上昇傾向にあります。このような状況下において、単に「売上を増やす」という戦略だけでは、利益を確保することが非常に困難になってきています。
売上があったとしても、それ以上にコストがかさんでしまえば、最終的な利益は目減りしてしまいます。そこで重要となるのが、売上を増やすことと並行して、あるいはそれ以上に「コストを適切に管理し、削減する」という視点です。
原価管理は、まさにこの「コスト管理」の中核をなすものです。食材費やドリンク原価を最適化することで、利益率を向上させ、経営の体質を強化することができます。これは、単に費用を削る「守りの経営」ではありません。原価を適正に管理し、無駄をなくすことで生まれた余剰資金を、新たなメニュー開発、スタッフ教育、店舗改装、マーケティング活動など、お客様への価値提供をさらに高めるための「攻めの投資」へと回すことが可能になるのです。
お客様に喜んでいただくために料理や空間にこだわりたいという皆様の想いを実現し、持続可能な店舗経営を確立するためには、原価管理の最適化が不可欠であると断言できます。
原価管理の基本を理解する
原価管理を実践する上で、まずはその基本概念を正しく理解することが重要です。
原価とは何か?
飲食店の原価とは、お客様に提供する商品(料理やドリンク)を作るために直接かかった費用を指します。具体的には、食材費、ドリンク費などがこれに該当します。これらは、売上に応じて変動するため、「変動費」とも呼ばれます。
一方で、家賃、人件費(固定給部分)、減価償却費、広告宣伝費など、売上の増減にかかわらず発生する費用は「固定費」と呼ばれます。原価管理の主な対象は変動費、特に食材原価とドリンク原価です。
原価率の計算方法
原価管理において最も基本的な指標となるのが「原価率」です。
原価率は以下の計算式で算出されます。
原価率(%) = (期首棚卸高 + 当期仕入高 - 期末棚卸高) ÷ 売上高 × 100
簡易的には、原価率(%) = 売上原価 ÷ 売上高 × 100 と表現されます。
この原価率が、店舗の収益性を測る重要なバロメーターとなります。
適正な原価率とは?
「適正な原価率」は、業態や提供する料理のジャンル、店舗のコンセプトによって大きく異なります。
- 一般的な目安:
- 居酒屋、カフェ、カジュアルレストラン: 28%〜35%程度
- 高級レストラン、専門料理店(寿司、焼肉など): 30%〜40%程度
- バー、ドリンク主体: 20%〜25%程度
- テイクアウト、デリバリー専門店: 35%〜45%程度(容器代なども含める場合がある)
重要なのは、単に数字を当てはめるのではなく、ご自身の店舗のコンセプト、提供価値、ターゲット顧客層を考慮した上で、「目標原価率」を設定することです。例えば、「この価格でお客様に最高の満足を提供するには、原価率は〇〇%が限界だ」といった具体的な目標を持つことが、次のステップに繋がります。

原価管理の「見える化」と「データ活用」
現場で忙しくされている皆様にとって、数字とにらめっこする時間はなかなか取れないかもしれません。しかし、原価管理の第一歩は、「見える化」にあります。まずは現状を正確に把握することから始めましょう。
どんぶり勘定からの脱却
「なんとなくこれくらいだろう」という感覚的な経営は、売上が伸びている間は問題が顕在化しにくいものですが、一度収益が悪化すると、どこに問題があるのか特定が困難になります。日々の食材の仕入れ量、使用量、在庫量を正確に記録し、「見える化」することが、どんぶり勘定から脱却する第一歩です。
データ活用のためのツール
現代では、原価管理を効率化するための様々なツールが存在します。
- POSシステムとの連携:
多くのPOSシステムには、売上データだけでなく、メニューごとの販売数、時間帯ごとの売上などを詳細に分析する機能が備わっています。これと仕入れデータを連携させることで、メニューごとの正確な原価率を算出し、売れ筋と利益率を合わせた分析が可能になります。 - 原価管理・在庫管理ソフト/アプリ:
専用のソフトウェアやクラウドサービスを活用することで、仕入れから販売、在庫までを一元管理し、自動で原価率を計算したり、過剰在庫を警告したりする機能が利用できます。初期投資は必要ですが、長期的に見れば業務効率化と利益改善に大きく貢献します。 - エクセル(スプレッドシート)の活用:
もし専門ツール導入が難しい場合は、まずはエクセルやGoogleスプレッドシートから始めることも可能です。簡単なテンプレートを作成し、毎日、もしくは週次で仕入れ量、使用量、廃棄量などを入力するだけでも、多くの気づきが得られます。
日々の記録の重要性
どんなツールを導入するにしても、最も重要なのは「日々の記録」を継続することです。
- 仕入れ記録: いつ、何を、どれだけ、いくらで仕入れたか。
- 使用記録: どのメニューに、どれだけの食材を使ったか。
- 廃棄記録: 何が、どれだけ、なぜ廃棄されたか。
- 棚卸し記録: 定期的に在庫を数え、記録する。
これらのデータを積み重ねていくことで、漠然としていた原価の動きが明確になり、問題点や改善の機会が浮き彫りになってくるでしょう。最初は手間だと感じるかもしれませんが、この地道な作業が、将来の大きな利益へと繋がる基盤となるのです。
実践!原価を最適化するための具体的なステップ
ここからは、実際に原価を最適化するための具体的な実践方法を、多角的な視点からご紹介いたします。
1. メニュー構成の見直し
原価率改善の最も直接的なアプローチの一つが、メニュー構成の見直しです。
- 人気メニューと利益率のバランス分析:
- すべてのメニューについて、正確な原価率を算出し、販売数を把握します。
- 「よく出るが利益率が低いメニュー」と「あまり出ないが利益率が高いメニュー」を特定します。
- 人気と利益率を考慮したメニューポートフォリオ(メニューミックス)を検討します。例えば、人気の高い低利益率メニューは集客のフックとし、高利益率メニューをうまく推奨して販売につなげる戦略が有効です。
- メニューアイテムの絞り込み:
- 使用頻度が低い食材を多く使うメニューは、廃棄ロスや在庫管理の手間が増える原因となります。
- 複数のメニューで共通の食材を使用できるように工夫することで、仕入れロットを増やし、単価を抑えることが可能になります。
- 季節限定メニューや日替わりメニューの活用:
- 旬の食材は、品質が良い上に比較的安価に仕入れられることがあります。これらを積極的に活用し、限定メニューとして提供することで、お客様の満足度を高めつつ原価を抑えることができます。
- 余剰食材を活用した日替わりメニューも、ロス削減に貢献します。
2. 仕入れの最適化
仕入れは原価の大部分を占めるため、ここでの改善は直接的に利益に結びつきます。
- 複数業者からの見積もり取得と比較検討:
- 同じ食材でも、業者によって価格や品質、配送条件は様々です。
- 定期的に複数の業者から見積もりを取り、価格交渉を行うことで、より有利な条件で仕入れることが可能になります。ただし、価格だけでなく、品質、安定供給、緊急時の対応なども総合的に評価しましょう。
- 仕入れロットの見直しと共同購入の検討:
- 一度に大量に仕入れることで単価が下がるケースは多々あります。
- 適正在庫を維持しつつ、まとめて仕入れるタイミングを見極めます。
- 近隣の他店舗と協力し、共同で仕入れる「共同購入」も選択肢の一つです。
- 規格外品やB級品の活用:
- 形が不揃いだったり、少々の傷があったりするだけで、品質には問題ない「規格外品」や「B級品」は、安価で仕入れることができます。
- これらをスープ、ソース、煮込み料理、裏メニューなどに活用することで、食材費を大幅に削減できる可能性があります。
- 廃棄ロス削減のための発注量調整:
- 過去の販売実績や季節変動、イベントなどを考慮し、きめ細かく発注量を調整します。
- 過剰発注はそのまま廃棄ロスにつながります。最小ロットでの発注を基本とし、必要な分だけ仕入れる意識が重要です。
3. 調理工程の改善とロス削減
調理現場における意識と工夫が、原価削減に直結します。
- ポーション(盛り付け量)の均一化と標準化:
- 同じメニューでも、人によって盛り付け量が変わると原価にバラつきが出ます。
- グラム数を定規で測る、専用の計量器具を使用するなどして、誰が作っても同じ量になるよう標準化を徹底します。これにより、無駄な提供量をなくし、原価を安定させます。
- 下処理の徹底と食材の使い切り:
- 野菜の皮は薄く剥く、魚のアラや骨は出汁に使う、肉の端材はまかないや別のメニューに転用するなど、食材を余すことなく使い切る工夫を凝らします。
- スタッフ全員が「食材は命」という意識を持ち、無駄を出さないよう指導します。
- 廃棄ロスの詳細な記録と原因究明:
- 何が、なぜ、どれだけ廃棄されたのかを日々記録します。
- 「お客様の食べ残し」「調理ミス」「食材の鮮度劣化」「仕入れすぎ」など、原因を特定し、その根本的な対策を講じます。
- 例えば、食べ残しが多い場合はポーションの調整を、鮮度劣化が多い場合は仕入れ量や保存方法の見直しを検討します。
- まかないや試食の管理:
- まかないは、スタッフの福利厚生として重要ですが、無計画な運用は原価を圧迫します。余剰食材の活用を基本とし、量を適切に管理します。
- 新メニューの試作や味見も、必要最低限の量で行うよう意識付けます。
4. 在庫管理の徹底
適切な在庫管理は、原価管理の根幹をなします。
- 定期的な棚卸しの実施:
- 月に一度など、定期的にすべての在庫品目を数え、正確な在庫数を把握します。
- 棚卸しを行うことで、実際の使用量と仕入れ量のズレや、死蔵品(長期在庫品)の発生を早期に発見できます。
- FIFO(先入れ先出し)の徹底:
- 古いものから順に使用する「先入れ先出し」を徹底することで、食材の鮮度劣化による廃棄ロスを防ぎます。
- 食材の保管場所や並べ方を工夫し、自然とFIFOが守られる仕組みを構築します。
- 適正在庫の設定:
- 過去の販売実績や仕入れリードタイムを考慮し、在庫が過剰にも不足にもならない「適正在庫量」を設定します。
- 過剰在庫はスペースの圧迫、鮮度劣化、資金の固定化を招きます。不足は機会損失に繋がります。
- システム導入による効率化:
- 在庫管理システムを導入することで、入出庫の管理が容易になり、リアルタイムでの在庫把握が可能になります。
- 発注点(発注をかけるべき在庫量)を自動で通知する機能などを使えば、発注業務の効率化と最適化が図れます。
5. スタッフへの意識付けと教育
原価管理は、経営者一人だけが行うものではありません。現場で働くスタッフ全員の意識と協力が不可欠です。
- 原価意識の共有と目標設定:
- 「なぜ原価管理が必要なのか」「原価が改善されるとどうなるのか」をスタッフに分かりやすく説明し、共通の目標として掲げます。
- 単に「ロスを出すな」と指示するのではなく、「原価が改善されれば、より良い食材を仕入れられる」「みんなの給料が上がる」「お店がもっと繁盛する」といった、ポジティブな動機付けを行います。
- 調理マニュアルの徹底と見直し:
- 食材のカット方法、調理手順、盛り付け量などを詳細に記したマニュアルを作成し、全スタッフが遵守するように徹底します。
- 定期的にマニュアルを見直し、より効率的でロスを減らせる方法がないか検討します。
- ロス削減へのインセンティブ制度の導入:
- ロスの削減目標を設定し、達成したチームや個人に対して、報奨金や特別休暇などのインセンティブを設けることも有効です。
- スタッフが自発的にロスの削減に取り組むモチベーションを高めます。
- 定期的な勉強会や情報共有の場:
- 原価管理に関する勉強会を定期的に開催し、成功事例や課題を共有します。
- スタッフからのアイデアや改善提案を積極的に募り、現場の知恵を経営に活かす姿勢が重要です。

原価管理における陥りやすい落とし穴とその対策
原価管理を進める上で、陥りやすい落とし穴も存在します。これらを事前に理解し、対策を講じることが成功への鍵となります。
1. 「安ければ良い」という思考の危険性
- 落とし穴: 単に価格の安い食材に切り替えることで原価を下げようとすること。
- 対策: 飲食店の生命線は「料理の品質」と「お客様の満足度」です。安価な食材への変更が、品質の低下やお客様の離反を招いてしまっては本末転倒です。価格だけでなく、品質、安定供給、ブランドイメージなどを総合的に判断し、価格と価値のバランスが最も良い食材を選ぶべきです。
2. データ入力や記録の怠慢
- 落とし穴: 最初は意欲的に取り組むものの、日々の業務に追われ、データ入力や記録が途絶えてしまうこと。
- 対策: 継続こそ力です。
- ルーティン化し、業務の一部として定着させる(例:毎日閉店後に5分だけ記録する)。
- 担当者を決め、責任と権限を与える。
- 入力しやすいシンプルなフォーマットにする。
- 記録の重要性を常にスタッフ間で共有し、モチベーションを維持する。
3. 単一視点での判断(全体最適の欠如)
- 落とし穴: 特定の原価(例:肉の原価)だけを重視しすぎて、他の部分(例:魚の廃棄ロス)がおろそかになったり、人件費など他のコストとのバランスを考慮しなかったりすること。
- 対策: 原価管理は、経営全体の最適化の一部です。個別の原価率だけでなく、店舗全体の利益構造を俯瞰し、売上、他のコスト(人件費、家賃、光熱費など)、そして顧客満足度とのバランスを常に意識することが重要です。部分的な最適化が、全体的な不利益にならないよう注意が必要です。
原価管理を成功させるためのマインドセット
最後に、原価管理を単なる数字の管理で終わらせず、皆様の店舗経営を力強く推進するためのマインドセットをお伝えします。
1. 継続することの重要性
原価管理は、一度やれば終わりではありません。市場環境、お客様のニーズ、季節、スタッフの変動など、様々な要因で常に変化します。日々、毎週、毎月と継続的にデータを取得し、分析し、改善策を実行し続けることが何よりも重要です。PDCAサイクル(計画→実行→評価→改善)を回し続けることで、原価管理はより洗練され、店舗の体質は着実に強化されていきます。
2. 数値から課題を見つける力
数字は、嘘をつきません。しかし、ただ数字を眺めるだけでは意味がありません。データから「なぜこの原価率なのか?」「この廃棄はなぜ発生したのか?」といった疑問を持ち、その背後にある真の原因を突き止める力が求められます。この「問いを立てる力」こそが、皆様を経営者としてさらに成長させる原動力となるでしょう。
3. 現場との連携
皆様が現場上がりのオーナーであるならば、現場のスタッフの気持ちが痛いほど分かるはずです。原価管理の成功は、現場で働くスタッフの協力なくしてはありえません。彼らが「やらされ感」ではなく、「自分たちの店舗を良くしたい」という当事者意識を持てるよう、コミュニケーションを密にし、目標を共有し、成功体験を分かち合うことが不可欠です。現場の声を拾い上げ、改善に活かす柔軟な姿勢が、皆様のリーダーシップをさらに高めるでしょう。

おわりに
「売上はあるが利益が出ない」という悩みを抱えていた皆様へ、本ガイドでは原価管理の基本から実践的な最適化のステップ、そして陥りやすい落とし穴とその対策、さらには成功へのマインドセットまでを詳述してまいりました。
原価管理は、決して楽な道のりではありません。しかし、これはお客様に最高の料理と空間を提供し続け、皆様の「店を通じて想いを伝えたい」という価値観を形にするための、盤石な土台となるものです。
まずは、できることから小さく始めてみてください。例えば、一つのメニューの原価を正確に計算してみる、一週間だけ廃棄量を記録してみる、といった小さな一歩で構いません。その積み重ねが、やがて大きな利益となり、皆様の店舗経営を安定させることに繋がります。
数字は、決して経営者の皆様を縛るものではありません。むしろ、皆様の想いを実現し、店舗を成長させるための羅針盤となるのです。
本ガイドが、皆様の経営における新たな一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。もし、本記事の内容に関してご不明な点や、さらに具体的なご相談がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。皆様の店舗の成長を、心より応援しております。

